生野の財産

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株式会社新進社

代表取締役 加藤善郎さん

2004年就任。

生野区新今里に本店があった1964年に入社。

営業のいろはから学び、 繊維製品の印刷業ひとすじに取り組み、お客様とのコミュニケーションを大切に、トータル・デザイニングを展開する。

また、環境を考えたグリーン事業部を立 ち上げ、「わんちゃんトイレッシュ」を開発、モラルの向上を呼びかけている。

株式会社新進社 オフィシャルサイト
http://www.shinshinsya.com/

16歳で飛び込んだ印刷業界

「若き日の大失敗をバネにして今日がある」

43年前、地元高校への入学も決まっていた加藤善郎氏に、大阪の「新進社」創設者、新保 進武氏が入社の誘いをかけた。同郷の縁ということもあり、何一つ知らない印刷業界に飛び込んだのは16歳のこと。当時の新進社は生野区新今里に本社があ り、婦人肌着のパッケージなどを企画制作していた。学業と両立させながら本社で4年勉強し、まずは営業からスタートしたが、半年程で大きな失敗をしてしまう。注文の箱の寸法を間違えて、当時で100万円もの損失を出してしまったのだ。ショックで退社も申し出るが、新保社長に「これは加藤君の授業料だ。君な らこれ位の損は貢献して返してくれる!」と言われ、心新たに会社のために頑張ろうと決意した。

モノづくりだけでは動けない時代

「社内スタッフ+アウトソーイングで企画力を強化」

その後、会社は事業を拡大し、襟ネームやタグ、売り場のポップなどの販促品、商品を入れ る透明の袋まで、繊維製品の包装資材にかかわるすべてを手がけるようになった。しかし、中国や東南アジアでの生産提携が急激に進む90年代、国内での印刷 物は急激に減ってきた。新進社も中国工場との提携により、生産を委託し、低コスト化を進めてきた。生産の場が海外に移りつつある時代背景の中、生き残るた めには何をしなくてはならないか考えた。そして、モノを作る前の企画力で動かざるを得ないように企業の形態も変革してきた。そのために、社内での企画担当 者に加え、数社とのアウトソージングを活用しており、マンネリ化を防ぎ、常に新しい情報を吸収・発信できるように心がけている。この事業で一番大事なの は、企画力。お客様のニーズに合わせたデザインの発想力、企画力が重要だ。商品の特性、メリットが手に取っただけで分かり、お客様の手元に残るような印刷 物を作ることを目指している。

お客様の満足=社員の満足

「社員にも社外にも迷惑をかけない健全な会社作りを」

2代目社長の急死により社長に就任して3年が過ぎた。2年前に60歳を定年にし、世代交 代を図り、若手社員にも出来るだけ責任を持たすことにした。平均年齢はぐっと若くなり、加藤氏と次の部下とは20歳の年齢差があるとか。しかし、営業とい う同じ舞台に立ってきた仲間意識もあり、風通しのいい職場環境が築けている。トップダウンではなくボトムアップで行こう!という考えから、若い社員の意見 や気持ちにも耳を傾けている。同じ事務所内で過ごしているので、社員の悩みや落ち込みも共有し、ひとりひとりの社員も家族のように気になるとか。「私の 持っているものすべてを包み隠さず次の世代に伝えたい」という加藤氏。まるで、会社のお父さんのような温かい眼差しの元、新入社員はあいさつからきっちり 教えられ、会社が人間形成の場でもある。また、お客様に満足していただくということは、裏返せば社員の満足なしにはありえない、と考える加藤氏。そのため には、不況にも強い健全な資本をもつ会社の基盤作りが不可欠。資本を増やしつつ、会社の無借金経営を心がけ、優良申告法人として30年間表彰されるなど、 健全な会社作りに取り組んでいる。  

助け合ってきた地域とのつながり

「人間ベースを大切に、長いおつきあいが続く町」

創業当時から生野という地域と深い関わりをもって成長してきた新進社。コーティング、型抜きなど、印刷関連の加工工場が多くあり、長いおつきあいをしてきた。

会社が苦しい時代を、家内工業的な零細企業が支えてくれて成り立ってきたという歴史もある。

会社の規模とは関係なく、気持ちでつながっているお客様とは縁が切れない・・・という自信がある。まずは人間!という加藤氏の信条は、若手社員にも着実に受け継がれようとしている。